高校奨学生の声

当たり前が当たり前ではなくなる

群馬県 3年 横堀 雄一

 私は、いままで全くと言っていいほど読書をしてこなかったが、毎回、現代文の定期テストであまり良い点数が取れずにいたので、読解力を高めようと、友人から薦められた東野圭吾の『秘密』(文春文庫)を読み始めた。
 この作品は、親子3人の奇妙な「秘密」の生活を描く。ある日、実家へ向かう妻と娘を乗せたバスが転落し、妻は亡くなり、娘は奇跡的に助かった。ところが、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは死んだはずの妻であった。その日から残された夫と娘(妻)の切なくて不思議な生活が始まる。
 この本を読んで、大切な家族の1人を失った夫の気持を考えると、とても胸が痛くなった。私も幼稚園の年長組のときに父を亡くしてとてもつらい思いをしたのだ。母から父が亡くなったと告げられた瞬間のことは、10年以上たついまでも鮮明に覚えている。当たり前のようにいた父が突然亡くなったという事実を、どうしても受け入れられなかった。これが、自分の人生の中で初めての、「当たり前だったことが当たり前でなくなった瞬間」であった。
 「たくさんの当たり前が当たり前ではなくなる」ことが、これからもたくさんあると私は思っている。例えば、いま毎日のように一緒にいる友だちも、高校を卒業すれば、離ればなれになるだろう。その当たり前でいられるいまを、精いっぱい楽しみながら生き、後悔のないようにしたいと思う。

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自分の思いを伝える大切さ

大阪府  2年 寺奥 みそら

 私は、いままでけんかをあまり経験せずに、努めて平和に過ごしてきました。元々、言い合いがとても苦手で、それを避けるために、機嫌を悪くさせないようにと、相手に合わせることに必死でした。
 このままで本当によいのかと思うことは何度もありましたが、そのような自分を変える自信もなく、ずるずると高校の生活に突入していました。
 ところが、1年夏の3週間のアメリカ語学研修でその文化に触れ、自分も変わろうと決意したのです。現地の人は積極的で、思ったことはすべて口に出して、はっきりと言い切っていました。そんな姿を見て、思ったことを怖がらずにいうべきだ、と改めて気付かされたのです。
 帰国した私は、出発前とは打って変わり、自分の思いに自信を持てるようになりました。
 ある日、部活で同期生だけの話し合いの場があ り、自分の思いを伝えようとしました。でも、いざその場になるとできませんでした。そして、3人とぶつかってしまい、その後しばらくは、互いに目があっても話すこともなく、一緒に帰ることもなくなりました。
 その間は本当につらく、あまりのつらさに3人が帰ったあとに泣いてしまいました。
 それを見た先輩の1人が、私の思いを聞いて、「嫌やろうけど、話し合ったら」とアドバイスをしてくれました。しかし、自分から話しかけることには抵抗があり、なかなかできませんでした。
 そうしていると、相手の1人が話しかけてくれたのです。私は自分の思いを伝え、その日のうちに仲直りできました。「思っていることは堂々と言ってくれた方が良いよ。その方がお互い悩まずに済むから」と相手に言われました。
 このけんかから、自分の思いをしっかり伝える ことの大切さを学び、友だちを持つことのありがたさを身に染みて感じました。

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日本食の良さを海外に広めたい

宮崎県  3年 高見 翼

 一昨年は米国語学研修という貴重な体験をさせていただきました。私は管理栄養士を目指していて、他の国の食文化を知りたいという理由で応募しました。
 3週間の研修では、食文化の違いをじかに感じることができ、仲間を作ることの大切さも知ることができました。研修で共に過ごした仲間は、何か特別で、これから先も長く付き合っていきたいと思っています。
 また、ホストマザーをはじめとする現地の方々の温かさ、優しさを身に染みて感じました。
 この経験を通して、改めて管理栄養士を目指したいと思ったし、それに加えて新たな夢もできました。それは、日本食の良さを海外に広め、また、世界で飢餓に苦しんでいる子どもたちを助けたいというものです。
 私にできることは小さなことかもしれませんが、身に付けた自信と誇りをもって、実現できればいいなと願っています。
 そのためにも、大学進学に向け勉学に励まなければと思います。
 いよいよ受験シーズン。明確な目標を見つけ、がんばっていきます。

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長生きできるように体と心のケアを

青森県  2年 松嶋 桃加

 福祉関係の仕事に就くのが夢です。取れる資格は、できるだけ取りたいと思っています。2年進級前にコースの選択があり、私は介護や保育などについて学べる「未来創造コース」に進みました。
 授業では多くの介護施設や保育園を見学し、実習体験をします。中学で福祉体験の授業があり、保育園で小さい子の世話をしたり、介護施設で年配の介護士と一緒に作業したりして、大変だけど楽しいと思ったことが、進路選択の決め手となりました。
 いま、介護士と保育士の人員不足が社会問題になっています。一方で、介護士や保育士による利用者への虐待の報道も目にします。
 どうしてこのような行為をしてしまうのか、その理由のほとんどが「言うことを聞いてくれなかったから」や「うるさくしていたから」だそうです。でも、それだけの理由でいじめるなどあってはいけないことだと思います。
 こういう状況で、なぜ自分が福祉の仕事に就きたいか、人手不足というのもありますが、周りの年配の人が長生きできるように体と心のケアをしてあげたいと思うからです。世話されている人自身が家事など生活面で少しでも自立できるようにサポートしていければと思います。

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いつか母と祖母にお小遣いをあげたい

大阪府 2年 濱田 健太

 小学2年から野球をやっていて、高校でも野球部に入部。ポジションはピッチャーとセンターで、1年の夏から先輩に混じり公式戦に出場しています。冬の練習のときに次のキャプテンをやってみないかと言われ、びっくりしました。兄も同じ高校の野球部で副キャプテンをやっていたのです。初めはすごく不安でしたが、いまは兄に負けないようにキャプテンとしてがんばっています。
 昨年卒業の兄は陸上自衛隊に入隊しました。ボーナスが出て帰省したときに、母と祖母にお小遣いをあげている姿を見て、いつか僕もと思いました。兄のように自衛隊に入ろうかなと少しだけ考えたりもしますが、将来の進路についてはまだ決めていません。
 いまは、高校生活を目いっぱい楽しみながら成長していければと思っています。祖母と母、兄と私の4人家族。事故で亡くなった父のことは、生後10か月だった僕には何の記憶もありません。
 これからも「あしながおじさん」にいっぱい助けていただくことになるかと思いますが、感謝の気持ちでいっぱいです。

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英語のスピーチ・ コンテストに出場

長崎県  3年 吉福 愛哉音(あやね)

 昨年、米国への語学研修に参加させていただき、ホームステイを通して、お金にはかえられない貴重な価値のある経験をしました。米国ではたくさんの仲間と出会い、自分が英語力のないことも痛感しました。
 それをきっかけに、もっと英語をがんばろうと強く決意し、学校の先生の勧めもあって、長崎県の商業学校が集うスピーチ・コンテストに出場しました。
 それまで、私の高校は一度も出場したことがなかったので、コンテストがどのようなものかまったくわかりませんでした。学校のテスト期間とも重なり、英検も近い時期であったので、私はあまり練習ができずに本番に臨んだのです。
 コンテストの結果は奨励賞。初出場で練習不足もあり残念な結果になってしまったので、次に挑戦するときはしっかり練習して出場しようと思っています。
 この1年間は本当に充実していました。その分、忙しかったけど、忙しいときが一番充実しているのだと、いまは思います。
 行きたい大学は、大体決まっています。希望は私立で、特待生として合格できればと願っています。あまりお金がかかり家族に迷惑がかからないように、勉強を一生懸命がんばりたいです。

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将来の夢は警察官になることです

東京都  3年 菊地 幸秀

 将来の夢は警察官になることです。特に、交通課の警察官になりたいです。母は私が生まれる前に交通事故に遭い、足に障害が残ってしまいました。そんなハンディを背負いながらも、パートをしつつ家事をして、私たち兄弟3人を育ててくれました。そうした苦労を知っているので、私は警察官になって、人々に交通安全教室などを通して交通事故への高い意識をもってもらい、交通事故のない町にしたいと思っています。
 そのためには、大学へ進学してさまざまなことを学びたいです。学校では早朝の「朝勉」という活動があります。それに参加する一方で、電車通学の時間も英語を覚えるなど、隙間の時間を活用して勉強に励んでいます。
 最後に、いつも夜遅くまで働いている父、足が不自由ながらも毎日弁当を作って家事をしてくれる母、育英会の「あしながおじさん」に、感謝を申し上げます。

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カナダ留学で私は変わった

奈良県 2年 豊島 めぐみ

 昨年の一番の思い出は、夏休みの1か月間カナダへ留学したことです。
 英語を学ぶだけではなく、日本との文化の違いに驚いたり、毎日発見することばかりで楽しい体験でした。ホストファミリーはとても優しい方々で感謝しています。以前から私が行きたかったナイアガラの滝に連れて行ってくれたり、おいしいご飯でもてなしてくれたりしました。
 留学のおかげで、ネイティブの英語に触れることができ、現地の人以外にも、イタリアやドイツ、香港からの留学生とも友だちになれました。今でも、留学生たちとは英語で頻繁に連絡を取り合っています。
 進路選択で文系に進んだ大きな理由の一つは、この留学体験です。高校時代に英語力をもっと上げておく必要がある、と実感しました。大学生になったら、他の国にも、もっと長期間の留学をして、世界各地の良さを知ることができたらいいなと思っています。留学とは不思議なもので、ただ日本から海を渡っただけなのに、視野が広がり、自分の中で何かが変わった気がしました。本当にありがとうございました。    

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前向きに努力する人を応援

大阪府  2年 村田 亮我(りょうが)

 自分は何ごとにも努力し、人の輪の中に入っていく方だと思う。でも、皆がそういうわけにはいかない。勉強や部活をさぼる人は、さぼれば自分に損しかないから、それは個人の問題だろうが。そういう人は、合唱コンクールや掃除、皆で作り上げる行事にも参加しない。1人が欠けるだけで、進まない仕事もあるし、決めづらいことだってある。その人の少しの欲のせいで、皆に迷惑がかかるのだ。また、参加はするが、適当に流す人は、〈なんで自分がそんな事をしないといけないの〉と思っている。
 反対側には何ごとにも前向きで一生懸命がんばる人たちがいる。僕はそんな人たちを見ると安心し、そこが自分の居場所だという気がする。そのつながりがありがたく思え、互いに刺激し合って、どんどん良い方向に進んでいく。そんな経験もすることができた。さぼる人、参加しない人、前向きに努力する人……と、クラスにはいろいろな人がいるが、1人でも本気で成功させたいと考えている人がいるならば、手伝うべきだと思う。これが僕の悩みの種であり、これからも抱え続けるだろう。でも、人1人を応援することは、自分の長所だと思う。

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第一志望は国立大学看護学科への進学

愛媛県  3年 大判 真穂

 私は、この1年を振り返り、充実した時間を過ごすことができたと感じています。部活動では3年最後の大会まで、集中心を切らさずにやり通すことができました。
 学校行事では、ディベート「裁判員制度を排すべきか否か」でクラス代表として討論し、運動会では仮装を担当。本番で納得できる達成感を味わうことができました。
 修学旅行では、沖縄で人の温かさや自然の美しさに触れ、以来数か月は沖縄の大学に進学したいと思うほど魅了され、刺激を受けました。進路についても真剣に考える時間がありました。第一志望は国立大学の看護科への進学。塾に通う受験生と同じ土俵で競うのは厳しいと思いますが、自分ができることを精いっぱいやりたいです。第二志望は3年制の看護学校への進学。いまは大学の説明会や付属病院の体験申し込みなど、積極的に取り組んでいます。多少プレッシャーはあるけど、後悔しないように、何ごとにも全力で取り組んでいきたいです。

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赤川次郎作『ふたり』に励まされる

東京都  2年 長谷川 瑠峰(りゅうほ)

 父が交通事故で亡くなってから、早くも1年が過ぎ、2年目に入ろうとしています。時間の経過による〈忘れ〉というものは怖いもので、父のいない生活に慣れ始めています。
 昨年、私は赤川次郎の『ふたり』という作品を読みました。物語は2人の姉妹を中心に進んでいきます。姉の千津子は、成績優秀でスポーツ万能、頼りになります。一方、妹の実加は、勉強もスポ
ーツもいまひとつです。ある日、実加の目前で、千津子が交通事故に遭い、亡くなってしまいます。
 私は、大切な家族の1人を失ったという点では、同じだと思いながら、本を読みました。
 面白いのは、物語の中で死んでしまったはずの千津子が、実加の頭の中で生きているかのように、物語が進んでいくところです。
 もし、父が私の頭の中で生き続けていてくれたなら、と実加と自分を重ねて、読みました。
 実加は、自分がしっかりしなくてはいけないと感じ、少しずつ成長していきますが、実加のふとした一言で、千津子は、実加の頭の中からいなくなってしまいます。しかし実加は、それを受け入れ、乗り越えて、前向きに生きていきます。私も父の死を乗り越え、強く、前向きに生きていきたいと感じました。        

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世界が舞台活躍します

大阪府  3年 松井 百花(ももか)

 世界を舞台に活躍すること、これが私の夢です。高2の夏休みに、育英会のプログラムで、1か月間カナダへ行かせていただきました。
 以前から私は、海外という果てしなく広く見える世界に興味があり、英語も真剣に習得してきました。留学前の不安など一切なく、期待に胸を躍らせました。そして、留学は、期待を遥かに超える素晴らしい日々でした。
 毎日の生活で触れる西洋人の向上心の高さや、自主性の強さにまず感心しました。私は普段の生活で、日本人の集団にとらわれた思考や積極性のなさに疑問を抱き、つまらなく感じていました。彼らの姿は、私にとってまさに求めていたものであり、見習うべき手本でした。いつか彼らのように自分への自信を持って、彼らと共に働き、活気に満ちた生活がしたい、と思うようになったのです。
 カナダでの1か月は、日本でつまらない小さな人間関係や周囲からの評判を気にして生活していた私を、大きく良い方向に変えてくれました。彼らは相手に物事をはっきりと伝え、自分を周囲にアピールしていました。それを見て、私は日本人の小ささや臆病さを見た気がしました。あの最高に輝いていた1か月で、自分に自信を持ち、自己を表す大切さを叩き込まれました。
 必ずや、私は努力し、その努力ゆえの自信を持ち、自分の意見をしっかり持ち、彼らと同じフィールドで、世界を舞台に活躍してみせます。このような考えに至る機会をくださった育英会の方々には、感謝してもしきれないほどです。ありがとうございました。        

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自分で限界を決めない

神奈川県  3年 小野寺 洋昭

 私の学校は中高一貫校で、中学3年間と高校2年間の5年間、柔道部に所属し活動していました。柔道はとても奥が深く、自分で限界を決めてはいけないということを教わりました。
 それは勉強面にも言えることです。テスト前に、「これだけがんばったからもういいだろう」と自己満足していた時期がありましたが、そうではなく、「もうちょっとがんばろう」と思えるようになりました。それからは、小テストなどでも点数が上がり始めました。
 しかし、勉強と部活の両立はとてもつらかったです。部活を終え帰宅すると9時を過ぎていて、ご飯を食べ入浴したりしていると、すぐに10時になってしまいます。それから勉強しようとすると、眠くてぜんぜん集中できずに、そのまま寝てしまうことも多かったのです。
 朝はいつも7時に起きていたので、それほどつらくない。通学時間は電車やバスを合わせて1時間半ほどあり、その時間を利用して、勉強していました。
 クラスでの私は、「とても明るく、ムードメーカー」と、皆によく言われます。コミュニケーションをとるのは得意で、その場の空気を和ませたりするのは、とても好きです。友だちも多く、男女の隔てなく、クラスメートと楽しい毎日を過ごしています。どの学校行事にもいつも積極的に参加するので、その分、達成感も大きいのだと思います。何ごとにも限界を決めずに、自分なりにがんばってきたから、楽しい毎日を過ごせたと思っています。離れずにずっと助けてくれた先生や、友だち、家族には、とても感謝しています。
 これからも周りにたくさんの迷惑をかけてしまうと思いますが、精一杯がんばっていきたいです。

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4月のラスト公演で主役を担う

香川県  3年 野間 優菜(ゆうな)

 私は演劇部で役者として活動しています。昨年11月の県大会では、優良賞をいただき、個人では優れた役者として、学校で唯一、名前を呼ばれました。
 演劇部での活動を通して学んだことがあります。
一つは協力することの大切さです。演劇は、役者と製作スタッフのみんなが協力して作品を作り上げていきます。
 中学では美術部に入部したため、個人で作品を作ることが多かったのですが、高校の演劇部では約15人の部員たちと、毎日意見を出し合いながら作品を作っています。自分では思いもつかない、新しい考え方や発想を聞くことができ、参考になります。
二つ目はコミュニケーションをとることです。公演の度に他校の方々と交流できる機会があります。互いの学校のことを知ることができ、普段から付き合えるような友人を作ることもできます。友人の幅を広げられ、切磋琢磨できる、部活動だと思います。
4月の公演が、私たち3年生にとって、最後の舞台となりました。そこでは主役をさせていただけるので、しっかりと演じ、悔いなく引退したいです。

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不登校乗り越え、高校は通信制に

岡山県  2年 小野 晏結美(あゆみ)

 中学時代は2年生のころから学校に行けなくなってしまいました。でも、いま振り返ると、この不登校の期間が、自らを見つめ直すよい機会となり、とても大事な時間だったと思います。
 高校は通信制で、生徒数は1学年1クラス20人。登校は週2日で、その代わりに課題がたくさん出て、登校日が中身の濃い時間となりました。その就学スタイルが私には合っています。
 高校では休まずに登校しています。3年生の送別会では司会を務め、文化祭では皆と協力して模擬店を出して成功させるなど、以前の私では考えられないような挑戦をしています。
 担任の先生はいつも親身になって相談に乗ってくれて、いままで知らなかったことやいろんなものの見方などを教えてくださいます。
 授業では中学校の内容から教えてくださるので、不登校で休んでいた分、一生懸命に一つ一つ習得しています。これからもマイペースで挑戦していけたらいいなと思っています。
 最近は、自分が母や先生など本当にいろんな人に支えられている、とつくづく実感しています。
育英会の皆さん、これからもどうかよろしくお願いいたします。

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鍛と意志で減量に成功

愛媛県  2年 渡邉 大地

僕の学校の校訓は「鍛」です。2泊3日の集団宿泊研修では、ひたすら集団で体操やランニングなどを行い、声出しをしました。仲間と助け合って呼吸を合わせて動く訓練によって、そのとき初めて、心身を鍛えるというのがどういうことか分かりました。あの3日間のおかげで、いまは楽しく集団生活を送ることができています。
 そして、自分をさらに成長させたのは「強い意志」だと思います。応援部と柔道部をかけ持ちしていましたが、夏の強化練習で右足を痛めて、柔道ができなくなりました。夏休み明けに体重を測ったらなんと97`。秋にはマラソン大会が予定され、そのままでは最下位になるのは目に見えていました。
 その日から食事の取り方を変え、運動を始めました。途中で挫折しそうになりましたが、そんなときに、5歳の時にどこかで聞いた文言〈意志がなければ成長せず、意志をなくせば道を断たれる。強い意志は己の運命の道を切り開くであろう〉の中の「強い意志」という言葉を思い出したのです。
 その日から、自分自身がまるで生まれ変わったように成長した、と感じています。
 運動で、血へどを吐くような試練に何度も立ち向かい、その結果、体重を63`まで落とし、いまの筋肉質の身体になることができたのです。勉強や部活動でも、強い意志を持って懸命に取り組んでいます。
 卒業後は、専門学校に進もうと考えているところです。もっと社会に役立つ人間になるために、さらに努力を積み重ねていきたいと思います。

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夢かなえることそれが恩返しに

東京県  3年 中本 広海(ひろみ)

 会ったこともない、名前も知らない、どこに住んで何の仕事をしているかも分からない、全国のあしながおじさん。あなた方のおかげで、父がいなくても不自由なく学校に通い、夢に向かって進むことができています。
 将来の夢は医者になることです。父のように事故にあった人たちを助け、私らのように悲しむのを一人でも減らしたい。それができる医者になりたいです。
 高校1年生の夏、育英会の米国語学研修でカリフォルニア州の現地家庭にホームステイしました。現地の人の暮らしを肌で感じ、たくさんのことを学びました。
 それからは、海外への関心もいっそう高まり、世界で活躍できるような人物になりたい、と思うようにもなりました。父が亡くなってから、医者になることだけしか考えていなかった私の視野が、一気に広がりました。これも、あしながおじさんのおかげです。
 大人になって夢をかなえられたら、私自身もあしながおじさんになりたいです。自分がたくさんの人から支えられた分、今度は自分が、同じような境遇にある人たちの手助けをできたらと思います。
 家族、友達、先生方、そしてあしながおじさんに、私のできる恩返しは、自分の夢をかなえることだと思っています。まだ夢をかなえるまでには、時間もかかるだろうし、厳しいことではありますが、全力を尽くして前へ進んでいきたいです。
 あしながおじさん、これからもよろしくお願いします。皆さまが「あしながおじさんになって良かった」と思えるような人物になります。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

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美容師になって 自分の店を持つ

広島県  3年土屋 紫乃

 美容師になりたいです。行きつけの美容師さんにいろいろ話を聞いて、仕事は大変だけど楽しそうで、皆おしゃれでかっこよいと思いました。私もあんなふうにかっこよく、ヘアスタイルのアレンジを自在にできて、いろんなお客さんから「ありがとう」と言われるような美容師になりたいと思ったのです。
 住んでいる地域は都会のように専門学校が多くあるわけではなく、かといって母子家庭なので、都会へ出て通うことは難しいため、近所にある美容学校へ通いたいと思っています。
 この学校は、他に比べると規模も小さく、生徒と先生の人数も少ないですが、ことのほか、生徒と先生同士の仲が良いと聞きました。
 チラシやパンフレットを見ると、多くの先輩方が美容師関連の賞を取り、学校コンクールで入賞したりしています。私もこの学校へ通って個人賞を取り、学校コンクールで入賞したいです。
 卒業までに正しい技術と知識、コミュニケーション力を身に付け、せめて、祭りやイベントで、友達や自分の髪を自分たちでアレンジできるくらいにはなりたいです。また、母の髪を染めたり、切ってあげたりもしてみたいです。
 いずれは、自分の店を持てるようになるのが夢です。

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