高校奨学生の声

庭をデザイン設計し、再現する

奈良県 3年 松下 優人

 私が通うのは、食糧生産から動物活用、施設野菜や施設草花、食品化学、造園緑化、シェフにパティシエなど、それぞれのエキスパートを育てる専門高校です。私は、庭作りのエキスパートを目指すコースに入っています。毎日、庭を設計したり、いろいろな木や花の名前を覚えたり、実際に自分たちで庭を再現したりしています。
 いまではいろいろな家の庭を見て、「この庭の形式はこうだ」と分かるようになってきました。道を歩いているだけで、この学校に通っていなかったら感じなかったことをいろいろ感じとるようになりました。
 小さいときから絵を描いたり、デザインしたりするのが大好きでしたが、学校でもその特技を生かし、庭の絵を描いて色付けしたりしています。先日も先生から「とても上手なので一枚、絵を描いてきてほしい」と頼まれました。一生懸命描いた自分の絵が認められたことは、とてもうれしく自信になります。
 残り少ない高校生活ですが、周りの人に感謝して生活していきたいです。

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他校にない教科で 自分が成長できる

北海道 2年 勝見 綾

 K中等教育学校に通っています。普通の高校生とは違い、「5年生」(高2)になります。私は、1年間の中でさまざまなプロジェクトがあるというところに、魅力を感じています。大学での遺伝子実験や環境現地学習、定山渓プロジェクト、ベトナムプロジェクトに参加しました。
 ベトナムプロジェクトでは、実際に1週間ほど現地に行き、姉妹校となる学校で授業を受け、通学生の家にホームステイし、現地の会社や日本語学校を訪問しました。将来、海外で働きたいという夢があったので、英語力向上のために参加しましたが、行ってみないと分からないような文化の違いや、日本の英語教育の遅れなどを知り、自分が成長できたと思います。
 学校では、数学カリキュラムの進み具合の異常なほどの速さや、他校にはない珍しい教科があったり、他と異なる面が多々ありますが、その分多くの経験をさせてもらい、入学してとてもよかったと思います。5年生になると、研究したり論文を書いたりして大変ですが、がんばっています。将来、どんな職業につきたいのか、そのためにはどこの大学を選び何を学ぶべきなのかをしっかり考えていきたいです。10年後も20年後も自分が笑っていられるように、本当は何をしたいのかを探す1年にしたいです。

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夢は予防医療の道に 苦しむ人を救いたい

山形県 2年 庄司 璃音

 私には夢があります。それは人々を病気から救うという夢です。そう言うと皆は「医者か」と思うでしょうが、私は自分自身の血を見るのも苦手なので、「もっと早い段階で病気を治せる方法を」と思っています。そして、自分で調べて見つけたのが予防医療です。これは、ワクチンの開発などで病気を未然に防ぎ、患者につらい思いをさせない医療技術です。
 私は将来、この医療技術でがんを未然に防ぎ、たくさんの人を助けたいと思います。また、ワクチン開発などの予防医療で最大の課題となる副作用についても、私自身の手で解決し、がんなどの病気で苦しむ人や悲しむ人を1日でも早く救いたいと思っています。
 そのためにはいま、勉強、とりわけ理系の教科をもっとがんばらなくてはいけません。私は数学が苦手で、いまの状況では文系に行くしかないというのが自分の悩みどころですが、何としてもその夢につながる道を選択肢から消さぬように、もっと努力したいです。
 それから、理系に行くことだけを目指すのではなく、両親のため自分のためにも、国立大学のできるだけ高いレベルに挑戦できるようにしっかりと勉強し、部活だけではなく、苦手なことにも目を向け、それがなくせるようにしたいです。
 いま、両親はお金に困っているので、私がもっとお金を稼ぎ、家族を楽にさせてあげたいです。でも、現在の状況では、成績も足りないし、自分の夢を誰かに言えば、笑われてしまうと思います。しかし、夢を絶対に諦めたくないし、何としても実現したいです。いまから、やれることをすぐにやって、まずは学力で周りや先生に認められるように、成績がどんどん上へ昇進していくようにしたいです。
 まだ、遠い道のりですが、「自分の人生は一度きりの道だ」と思うので、後悔しないように、いまから準備をしていきたいです。

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研究者への道を一歩一歩、歩んでいく

埼玉県 3年 津久井 康介

 国内の優秀な科学技術研究者たちがアメリカなど海外へ研究拠点を移す、頭脳流出の話を聞きます。気になって日本の「科学技術研究者への待遇」を調べました。国立や自治体の公的研究機関や大学研究所の教授、大企業の正規研究員はともかく、それ以外の研究者たちの多くは、あらかじめ研究計画書を国や研究機関に提出し、その認可を得て、基本的に5年間の期間内に一定の研究予算内(科研費―日本学術振興会による科学研究費助成事業)で、それなりの成果を提出できなければ、研究を継続することができません。また、研究費以外の報酬(給与)や待遇も、他国と比べて恵まれない状況です。
 自分は、都立高専特有の2年次進級時の専門コースの選択で、機械系と電気・電子系のどちらにすべきか悩みましたが、機械系のある先生に出会って、機械系コースに決めました。同コースでは、2人の先生の考え方と研究姿勢に感銘を受けました。1人は、電気系と機械系の両分野に通じ、医療に応用できるロボットの研究と教育に携わる先生で、もう1人は、機械系の材料加工学の第一人者で、製図実習では学生に一切の妥協と甘えを許さず、必修科目の中で群を抜く留年率を誇る厳格な先生です。幼い学生を辛抱強く教えながら学問研究方法を授ける情熱と、研究者の道を歩み続ける姿勢に頭が下がります。自分も先生方のような研究者になりたいと思っています。研究者への道を一歩一歩懸命に歩んでいくつもりです。

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大学で理学療法、将来は保健衛生学を

静岡県 3年 大 柊(しゅう)

 将来は保健衛生学に携わっていきたいと思うようになりました。進学先では理学療法を学びたいと思っています。
学校生活を振り返ると、野球部の活動との両立が大変でした。2年から始めた朝学習。朝早めに登校し、45分間の勉強を自らに課しました。毎日休まず取り組むことで苦手の英語も基礎力をつけ、テストの点数を底上げすることができました。また、体育委員長や体育大会実行委員を務めたことで責任感やコミュニケーション能力を身に付け、皆で協力しての成功体験や仲間の団結力を手に入れることができました。
これらの経験を自分の進路に生かしていきたいです。志望の大学では、日々進化していく理学療法の医療技術を学ぶとともに、いま以上にコミュニケーション能力を強化したいと思います。理学療法はリハビリテーションを主な仕事としますが、同じ場所のケガでも同じ処置をするとは限りません。患者さんとのコミュニケーションを取ることで、より詳細なケガの状態を知り、患者さんそれぞれに合った方策をとることが大切だと教わりました。大学では、この二つのことを学んでいきたいと思います。

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熊本地震被災 建築士を志望

熊本県 2年 前田 さつき

 高校に入学して4日目に熊本地震で被災しました。1年は宿泊研修中で、ホテルで3時間、クラスの皆が何も情報がつかめないまま待機を強いられました。母に電話して声を聞いたときには涙が出ました。県内の高校で一番被災が大きかった私の高校は、他県より一か月遅れの新学期スタートでした。運動会や文化祭、修学旅行などの行事がなくなった上、教室には13度に傾いた地学室や、2学期からはプレハブ教室を使用するなど、快適とは言えない場所を転々としました。それでも他県に追いつくために授業のスピードは速く、とても忙しい日々でした。
2年になり進路について考えますが、建築士になりたいです。災害に強く、人々が求めるような家を造りたいです。地震を通して、家があるおかげで毎日笑って暮らせるのだと強く感じました。そして、暮らしの原点となる家を造る建築士は、なんて素晴らしい職業だろうと思ったのです。その夢を叶えるために大学へ行きたいと思います。
東京の大学に通う兄を支えながら、私の大学進学も考えてくれる母には、感謝してもしきれません。進学にはお金が必要ですが、交通遺児育英会は私たちに希望を与えてくださいます。1歩ずつ家族と共に幸せな未来に向かって歩んでいきます。

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オーストラリアに3か月短期留学

東京都 3年 中本 みなみ

 昨年6月から9月にかけてオーストラリアの姉妹校に3か月間短期留学(第1期生)しました。オーストラリアでは毎日が新鮮で発見することばかりで、友達もたくさんできました。自分の将来の選択肢がすごく広がった気がします。いままでは父の事故の影響で法学系に進みたいと考えていましたが、国際関係にも興味がわいてきました。きっかけは、高1のときに育英会のアメリカ語学研修に参加し、そこで同じような経験をした同年代の人と知り合うことができたことです。それがなければ、日本を出て世界の考え方を知ろうなどとは考えなかったと思います。そうした体験も、「あしながおじさん」のご支援があればこそで、私たち交通遺児はいまの生活を無事に送ることができています。自分の決めた道に向かって精一杯がんばります。

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読む楽しさを知って充実した日々を送る

山口県 3年 丸山 真輝

 小中学校では読書が嫌いだった私が、今興味を持ち始めました。きっかけとなった一番感動した小説を紹介します。それは『君が落とした青空』(櫻いいよ著 スターツ出版文庫)です。
この小説では、主人公である女子高生が中学のときから付き合っていた彼氏とのデートでケンカをしてしまい、彼氏が途中で帰る際に、事故に遭ってしまいます。主人公の彼女が彼氏を助けようと、事故のあった「その日」が繰り返されていきます。そして「その日」が繰り返されていくうちに、彼氏の謎や秘密、知っているようで知らなかった彼氏のことが明らかになっていくというストーリーです。
読みはじめたときは、「その日」が繰り返されていくことに、私もムッとくるような感情に陥りました。しかし最後ら辺では彼氏のことを知り、主人公の気持ちが最初の場面と変わり、事故に遭うシーンや涙を流すシーンが、私の心にも響いてきて、涙が出そうなくらい感動しました。
本を読む楽しさを知った今は、とても充実しているように感じます。これからの日々を大切に生活したいです。

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SEEDS参加 大学で研究の夢

兵庫県 2年 北前 勝哉

 大阪大学で「SEEDSプログラム」に約1年間参加しました。同プログラムでは、大阪大学理数系学部の先生方の講義を受け、受講生たちとディスカッションして互いの考えを深め合い、同大の留学生から母国の文化を英語で教えてもらい、生の英語に触れる機会も得ることができました。
私はこのプログラムで、将来の夢である大学教授になることをより意識させられました。今まで見たことのないような実験装置などすごい施設環境の中で研究が行えたことを、とても嬉しく感じ、自分も将来はこういう環境で研究がしたいと思いました。
ある講義で、「一つの分野ばかり詳しく他の分野は知らないという人より、幅広く多方面の分野に精通している人材が必要だ」と聞き、理数科目だけでなく英語や国語も必要だと感じ、今までより意識的に勉強するようになりました。
また、私は生徒会役員として大きな企画を担当しました。それは、学校に留学生を招き英語学習をするというものですが、そこで、自分の英語能力のなさを痛感し、最近は英語をしゃべれるようになることを目標に勉強しています。

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高2の夏休みを利用し、英国に短期留学

山梨県 3年 岩本 夏実

 高2の夏休みを利用し英国に1か月短期留学しました。現地の学校に毎日通い、多くの国から来ている高校生や大学生と交流しながらの生活。いちばん苦労したのは、最初は伝えたいことが伝えられなかったことです。日本人がほとんどいなかったので不安で積極的になれず、周りとの壁を感じました。そのとき、ホ ームステイ先が一緒のスイスから来た生徒が、私の英語をゆっくり何度も理解するまで聞いてくれ、「あなたの英語はすごく良い。もっとたくさん話をして」と言ってくれました。それからは自分からどんどん話しかけていくようにし、世界中から来ている同い年の高校生と、それぞれの文化や考えを語り合い、日本では経験できないことをたくさん学びました。この留学で私は大きく成長しました。思っていることは口に出さなければ伝わらない。英語で伝えることは簡単ではないです。夢を叶えるためこれから先も、もっと英語を使う機会に触れて力を伸ばしていきたいです。

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研究テーマは、高校周辺の酸性雨について

奈良県 3年 北岡 柾人

 理科部の先輩の指名で2年になるとき部長になりました。兼部しているメンバーは部長になれず、残りのメンバーの中では、まだ自分の意見を言えたので指名されたようでした。部をまとめる経験は初めてで、イベントがあるごとに人員の配置を決めたり、決定事項の責任を持たされたりと、大変なことが多く、最初はと まどいましたが、それなりに良い経験になったと思います。理科部のメインの活動はサイエンスチームの活動です。サイエンスチームというのは、理系離れが進んでいるので少しでも理科に興味を持ってもらえるように奈良県の公立高校の生徒が集まり、それぞれ自分たちで決めたテーマで研究を進め、最終的に参加メンバーや先生、大学教授の前で発表するという活動です。理科部のメンバーは半強制的に参加することになっているのです。
僕の研究テーマは、通学する生駒高校周辺の酸性雨について調べることです。地形や気象状況によってどのような変化があるのかを研究しています。2年の夏休み前から始まった研究ですが、特に難しいのは酸性雨を集めることです。降り始めの1oの雨しか研究には使えないので、その採取がなかなかできません。
1回目の発表が2年の2学期の終わりにあり、2回目の発表が3月末にありました。なかなか思うようにいかず焦りました。
このサイエンスチームの活動は3か年計画で、僕自身3年になり、後輩に引き継いでいかなければならない立場。今できることを精一杯やって、悔いのないようにしたいと考えています。

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建築士になるのが夢 父が住みやすい家を

新潟県 2年 阿部 凪沙

 私は中学校のときから建築士になりたいと考えていました。物心がついたときから、父は杖を突いて歩いていました。
大きくなって両親に理由を聞くと、私が生まれて10か月のときに、不運にも交通事故に遭い、右足に障害が残ったと知りました。
足の痛みが常にあり、生活に不便を感じながらも、家族のためにできることを精一杯してくれて、家族をまとめてくれる良き父です。
建築士になりたい理由は、父がゆっくりと湯舟に入りたいと言っていることと、これから父が年を重ねていっても生活がしやすい家を造ってあげたいと思うからです。
物作りは元々好きで、新築の家に興味があり、テレビ番組「ビフォーアフター」では、匠のアイデアに感動します。何より依頼者の喜びの顔を見れば、いい仕事だなと感じます。その仕事ぶりを見て、重機に乗ってみたいとも思いました。その姿がとてもかっこいいですから。住む人の生活スタイルに合わせた家造りがとても素晴らしく、これこそ、新しい物作りだと感心しました。
IT社会でコンピューターや機械が進化する中で、私は人間にしかできない職人になりたいと考えています。人に感動と喜びを与える、人とのつながりを大切にする仕事に就きたいと考えています。


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何かにぶつかったら 解決のヒントが本に

東京都 3年 砂田 悠里

 ヨ―スタイン・ゴルデル作『ソフィーの世界』が愛読書だった。ファンタジー小説の形をとりながら哲学史を教えてくれる。非常に珍しい本として、世界各国でベストセラーになった。
物語は、14歳の少女ソフィーが、差出人不明の手紙を受け取るところから始まる。手紙には1行、「あなたは誰?」とだけ書かれている。ソフィーは、ここから自分を見つめ直していくことになる。
哲学という敷居の高い世界を、少女が知っていくストーリーは、初心者の私にも分かりやすかった。ソクラテスやプラトン、アリストテレスが、何につまづき何に光を当てたかを、かみ砕いて説明してくれている。
この1冊を手にするまで、哲学に興味はなかった。難しそうなテーマをあれこれいじくり回す学問だ、と勝手に思い込んでいた。確かに奥の深い分野で、結論はそう簡単には出ないものだ。だからこの1冊を読んだところで、私は入口に立っているだけだろう。ただ、なぜ、私が存在するのか、世界はどこから来たのか、こんな疑問を持つことを教えてくれた。答えは何でも構わない。考えることが重要だ。
自分、他人、存在、神、恐れ。これらを考えていくと、周囲の人たちへの理解や寛容さを生み出す。この1冊を読んでからは、人にやさしくなれたような気がする。自分が絶対だと思わなければ、誰かの間違いにも冷静に対応することができる。何かにぶつかったときには、またこの本を開けようと思う。解決のヒントをデカルトやフロイトに教えてもらえるかもしれないからだ。


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7月アメリカへ、1年間の留学が楽しみ

青森県 2年 高橋 瑠伊

 僕の興味は英語です。小さいころから、英語を流暢に話す人を見て「かっこいいなあ」と思っていました。もっと英語に浸ってスラスラ読んだり書いたり話したりできるようになりたいと思い、進学先にいまの高校の英語科を選びました。
入学後は毎日が充実しています。僕はバスケットボール部に入部しています。勉強と部活の両立は疲れもたまり、眠気も時々あったりして決して楽ではありません。しかし、友に恵まれ、やりたいことがはっきりしていて、それに対してがんばれる自分は幸せ者だと心底思います。部活では、目標に向かってチームもまとまってきました。英語も点数が上がり、スピーキング能力も上がったと実感しています。今年の7月にはアメリカに1年間留学が決まっています。自分の英語力がどこまで通用するのか、その期間にどれだけ成長するのか、先は長いですが、楽しみです。
強いて悩みを言うなら、1年間もの留学への不安ですが、それもちょっとしたことなので大丈夫です。僕は困難にぶち当たったとき、ポジティブに考え乗り越えてきました。むしろ困難があればあるほど、乗り越えただけ成長できると思っています。このポジティブ思考は、自分の長所だと思います。


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資格や技術を基盤に、やりたいことを

東京都 3年 菊地 貴英(たかひで)

 将来の夢は「自分のやりたいことを仕事にする」ということです。しかしその「やりたいこと」というのは、具体的に決まっているわけではありません。
生物学と心理学、現在勉強しているIT関係など、興味のある分野が幾つかありますが、将来的にはこの興味のある分野を開拓し、「やりたいこと」となるように発展させていきたいです。そのために、高校では各分野についてたくさん勉強し、理解を深めていこうと思います。
しかし、「やりたいことを仕事にしたい」というのは誰もが考えています。そんな理想論だけを掲げていては話になりません。不安定な夢を追いかけるには、現実的にそれを支える「保険」が必要です。比較的就職率の高い工業高校に通っているのでそこで大事な資格や技術を身に付けて自分の強みとすることで、「保険」を作りだそうと考えています。将来起こりうる「夢を諦めざるを得ない状況」に備えるにあたり、いちばん重要な時期はいまなのだと思います。
進学・就職を少しでも有利にするため、資格取得に励んでいます。昨年はITパスポート試験(ITに関する基礎的な知識が証明できる国家試験)にDD第三種(ブロードバンドインターネット等デジタルデータ伝送に関わる接続を範囲とする工事担任者資格)の勉強も始めました。資格は一度取得すれば一生ものとなるので、積極的に挑戦する価値があると思います。もちろん資格だけでなく、学校の定期考査のほうもクラス1位を維持できるようにがんばっています。
私に進学する機会を与えてくれた交通遺児育英会、そして両親には、とても感謝しています。立派な社会人になることで、恩返しをしていきたいです。

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看護師の夢をあきらめない

岐阜県 2年 鈴村 春奈

 看護師を目指しています。通っている学校は進学校ではないため、普通科で履修するようなことが十分に学べません。そのため、進学を目指す生徒を対象に放課後に行われている補習を受けることが大切だと思います。また、自分では分からないことがたくさんあるので、先生に相談して納得のいくように進路を決定したいです。
まずは授業中に先生の話をしっかり聞き、テストでは上位に入るよう懸命に勉強し、たくさんある検定や資格試験を受けながら勉強する癖をつけて、国家試験の練習になればと思っています。
勉強の息抜きには、2015年のワールドカップからはまっている男子バレーを見て、リフレッシュしています。看護師になる夢を絶対に諦めないでがんばりたいです。

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吹奏楽部に所属 オーボエに夢中

愛知県 2年 松本 彩見(あみ)

 吹奏楽部に所属しています。高校は全国を目指すような強豪校で、私もそれを期待して入学しました。パートはオーボエです。地域の演奏会に参加し、夏は高校野球の県大会で演奏し、日本テレビ「24時間テレビ 愛は地球を救う」にも参加しました。
また、交通安全イベントでも演奏しました。愛知県は交通事故が多いので、こうしたイベントを大々的にやりますが、交通遺児育英会の奨学金を利用している私が交通事故防止の活動に参加でき、良い体験になりました。被害者家族の気持ちが分かる分、もっと事故防止を訴えたいという気持ちになり、心を込めて演奏しました。

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部活中心の3年間 引退は名残惜しい

三重県 3年 倭 晴菜(やまと はるな)

 3年間はとても早く過ぎたと感じています。夜遅くまでバドミントンの部活動をして帰ってきてご飯を食べて、お風呂に入る日々の繰り返しで、部活中心の生活。よくがんばったと思います。
1年のときから一人で先輩方の練習に加わったりしました。週に2回の外練では夏場は5キロ、冬場は8キロの長距離走をしてきました。練習はつらくて、えらくて、夏休みも冬休みもほとんどなかったけれど、がんばってきた分、いざ終わるとなると名残惜しかったです。部活で多くのことを学ぶことができました。いろいろな場面で心を強くしてくれたように思います。
学校では、とても気の合う友達もできて毎日が楽しかったです。将来の選択も悔いのないようにしたいです。

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アメリカ語学研修で「多文化」を実感

兵庫県 2年 嶺山 和希(かずき)

 高校生活は、初めは慣れるのに時間がかかり、友達作りもうまくできませんでした。通学時間も2時間かかり、課題へのストレスから、逆流性食道炎という病気に悩まされました。
しかし、さまざまな学校行事を経験するうちに、本当に良い仲間ができ、いまでは毎日が楽しくて仕方がありません。
私の高校は、いわゆる「普通科」ではなく「国際科」なので、学校内でのカルチャーショックも多々あります。ラジオ体操を英語でしたり、百人一首大会の読み札も英語で読まれ、日々の生活の中で自然と英語に親しみやすい環境が整えられています。周りの友達も皆、同じような目的をもって通っているので、勉強も集中しやすくて、本当に良い学校だと実感しています。
そんな学校生活を送るうちに、自分の英語力を試してみたいという気持ちで、アメリカ語学研修に参加しました。初日からホストファミリーと私の間にハプニングがたくさんありましたが、いま思えば、それもすべてよい思い出です。
私のホストファミリーはメキシカンの方々だったので、日々の生活言語はスペイン語でした。家族同士で話されると何を言っているのか分かりませんでしたが、ホストの方々は、私に話しかけるときは、英語を使ってくださいました。周りの友達とは少し違った体験ができたおかげで、よりいっそう、誰よりも「多文化」というものを感じ取れたと思っています。
これからも世界に目を向け、さまざまな経験を通して、夢に近づけるよう精進していきます。

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